嫌われる勇気と共同体感覚


今日は今はまっているドラマについて
書こうと思います。

木曜日の夜10時からフジテレビで
放送されている「嫌われる勇気」
というドラマを知ってますか?

アドラー心理学を自然に実行している
主人公の庵堂蘭子が事件を解決する
ドラマです。

私はアドラーの心理学に興味を持って
いたので、観始めました。

先日のドラマは

嫌われる勇気共同体感覚
テーマでした。

嫌われる勇気とは何か。

共同体感覚を持つこととは矛盾して
いないのか。

嫌われる勇気をもつことは出発点で
共同体感覚をもつことはゴール

アドラーがいう共同体感覚とは

すべての他者は私と同じ共同体に
属する
仲間である。仲間に囲まれた
私はここにいる
ことを許されている。
ここには私の居場所があり

私が貢献すべき他者がいる。

だそうです。ちょっと難しいですね。

主人公の庵堂蘭子はいつもマイペースで
周りの目を気にせず行動しているので
自分勝手、協調性がないと仲間に
言われていますが、検挙率はぴか一。
今回は彼女に嫉妬した犯人が彼女の
仲間を人質にし、彼女に挑戦する
事件でした。

彼女は仲間のことを思い、必死に
行動しました。
そして、その思いは仲間にも通じて
いて、皆最後まで彼女を信じたのです。

信頼しあえる仲間がいる庵堂蘭子と
孤独な犯人。

無遅刻、無欠勤で趣味ももたず、
結婚もせず、42年間警察に
身も心も捧げてきた犯人。
現職中は年賀状が300通来て
いたのに退官したら、7通しかこない。
誰も自分のことを大切だと思って
いない。
誰も覚えていない。
42年間はなんだったのか。
自分の居場所はない。

「悪いのは私じゃない。
私の貢献を認めず、
まるで使い捨ての歯車のように
扱ってきたやつらだ。」
と犯人がいいます。

とても切なく感じました。

そして、庵堂蘭子は犯人に言います。
「あなたは見返りばかり求めている。
認めてほしい。
ほめてほしい。
大事に扱ってほしい。」と。

本当の貢献とは見返りを
もとめないもの

42年間あなたは人に生きがい
を与えてきた


職場では居場所がないと感じたとしても
社会という大きな共同体の中で
すでに貢献してきたことを話します。

人にどう思われようと関係ない。
大事なのは
自分が他者に貢献
できていると実感すること。

嫌われる勇気とは
自分らしく生きるために、
周りを気にしない勇気。
そして、それは共同体感覚をもって
いれば、社会の中で受け入れてもらえる
ということ。
ドラマから勇気をもらえた気がしました。

そして、ドラマの終わりに庵堂蘭子の
同僚が犯人にこう言います。

どんな時も信じられる人はいる。
仲間はいる。

自分の場所はある。
今は見えていないだけ。

私が今、自分らしくいられるのも
家族が丸ごと私を受け入れてくれてる
からなんだと改めて思いました。

迷惑かけても
「しょうがない。」と受け入れて
もらうと、人は強くなれます。
家族ってありがたい。
心からそう思います。
そして、外の世界に出る勇気を持つ
ことができるんですね。
もし、外の世界で失敗しても帰れる
場所があれば、また挑戦する気持ちに
なれます。
自分らしく生きることができる
新たな場所を作るために。

どうか、自分のために、家族のために
安心して帰れる場所を作ってほしいと
思います。